『累(かさね)』の野菊は嫌われている?嫌いという声がある理由 ネタバレ考察

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累(かさね)とは?

『累(かさね)』は、松浦だるまによるサスペンスホラー漫画。主人公・累は、かつての美人女優「淵透世」の娘で、彼女の顔は母親に似ていないほど醜い。しかし、彼女は母から受け継いだ特別な口紅の力で、他人と顔や声を入れ替えることができる。この力を使い、累は美人女優としての道を歩むことになる。彼女の物語は、美しさへの執着や欲望、そしてその背後にある複雑な人間関係や心の葛藤を描いている。

『累(かさね)』のあらすじ・ストーリー

小学生時代: 累は、母・淵透世の似ていない醜い顔のためにいじめられていた。ある日、学芸会のシンデレラの役を務めることになるが、これは彼女を晒し者にするための策略だった。しかし、累はこの役を通じて、母から受け継いだ口紅の力を使い、他人と顔を入れ替えることを知る。

眠り姫 丹沢ニナ: 18歳になった累は、無名の美人女優・丹沢ニナと出会う。ニナは眠り姫症候群という病気を持っており、突然長い間眠りに落ちることがある。累は、ニナと顔を入れ替えて、彼女の代わりに舞台に立つことになる。透世の面影をもつ美少女

野菊: 累は、母・淵透世に瓜二つの顔を持つ野菊という女性と出会う。野菊は累の父・海道与の娘であり、彼女もまた累と同じように他人と顔を入れ替える力を持っていることを知る。

野菊とは?

本記事はネタバレを含みます

野菊は、累の母・淵透世とそっくりな顔をした美少女です。それもそのはず、彼女は累の父・海道与の娘で、累とは腹違いの妹だったのです。しかし、なぜ淵透世の娘ではない野菊が透世と同じ顔をしているのか。

野菊が淵透世と同じ顔な理由
  • 累の実母は誘(いざな)という女性で、彼女は淵透世の顔と名前を奪っています。
  • 本当の淵透世は野菊の母でした。
  • 淵透世は口紅を使って誘(いざな)の顔と入れ替わっています。
  • 野菊は累の腹違いの妹であり、累の父・海道与の娘です。
  • 野菊と淵透世は同じ顔をしていますが、それは淵透世が口紅で顔を入れ替えていたからです。

淵透世もまた口紅で野菊の母と顔を入れ替えていたからですね。紛らわしいですが、野菊の本当の母こそが淵透世で、累の実母は、透世の顔と名を奪った誘(いざな)という女性です。

「淵透世」に似ているという理由から父・与によって家に閉じ込められ、長い間性的な虐待を受け続けました。このような過去から、彼女は美しさや演技に対して深い嫌悪感を抱いています。さらに、子供の頃に母と誘が顔を交換する場面を目撃し、その真実を知ったことで、自分と母の命を狂わせた誘を強く憎悪しています。

累と野菊の関係

淵野菊の存在: 野菊は累の実妹で、彼女は自然に美しい顔を持っている。しかし、彼女は父親に「透世であること」を求められ、部屋に閉じ込められていた。彼女は演技の才能がなく、ある日父親に「見かけ倒しの欠陥品め!」と罵られ、父親をあやめて外界へ飛び出す。

累と野菊の関係: 二人の姉妹は「美貌」に対する価値観が真逆で、累はそれを「祝福」と考えているのに対し、野菊は「呪縛」と考えている。また、演技に対する価値観も真逆である。二人は「サロメ」という演劇をキッカケに知り合い、最初は意気投合するが、後に累が丹沢ニナの偽物であることに気付く野菊は、植物状態の丹沢ニナと出会い、彼女の苦悩を知る。

野菊の行動: 野菊は丹沢ニナをあやめてしまい、その結果、累は再び醜い顔に戻る。これにより、累は再び荒んだ生活を送ることになる。しかし、彼女は「野菊」の存在を思い出し、彼女の顔を手に入れようとする。

野菊を「嫌い」と感じる理由

一部の読者からは、野菊に対して「嫌い」という意見も存在します。その背景には、彼女の行動や選択、そして彼女と他のキャラクターとの関係性など、さまざまな要因が考えられます。

読者反応
  • 累の最新刊やっと読んだ。野菊嫌いだからはよ累のターンになってほしい。てか演劇漫画みたいになってきてなんだかなぁ
  • 累六巻読んだ…切ない…野菊がすごい嫌いになる…
  • 累にはシンパシー感じるから好き!野菊は顔は好きだけど人間として嫌いだから面白い!
  • 天さんのために戦う野菊すこだけど、かさねを付け狙う野菊きらい

醜く生まれた運命を呪い、純粋に「美」へ執着し、手に入れようと藻掻く「累」。
美しく生まれ、それ故に父に苦しまされ、「美」を自ら捨て去ろうとする「野菊」。

美への価値観は完全に対照的です。

しかし読者の反応として何故か累に対しては好感度が高く、野菊は好感度が低いように見受けられました。

累も、自らが美を手に入れるためにはなりふりかまっておらず、丹沢ニナを不幸にしました。
ただ累は運命を呪うことはあっても、人を恨んでいるわけでは無いようにみえます。
「美」を手に入れる、それは累にとって生きる意味の”すべて”である意味ピュアな存在といえます。その過程で人の顔を奪っていますが、そのことに対して罪悪感も感じています。

対して野菊は自身を苦しめた人間に対して恨みを持ち、父を殺しました。また、母の顔を奪った累の母「誘」を恨み、その実の子である累のことも恨みます。二人の原動力はこの「恨み」ですが、ベクトルが違うのではないでしょうか。
野菊はすべてに絶望し、恨みを晴らすためだけに生きています。そんな後ろ向きな人間に、同情はしても好感度を抱く読者はいないのかもしれません。

※ネタバレ 野菊は最期どうなった?

「累」への復讐心を燃やしていた野菊でしたが、実は幼い頃に川で溺れた累を助けたのは、野菊の実の母だったこと、そして母の真意を知ったことで復讐心を捨てることができました。

野菊は過去を清算するために、丹沢ニナの母、紡美にニナの日記を渡し、真実を伝えます。そして、その結果、クライマックスの紡美の復讐により重症を負い、結末へと繋がります。

まとめ

「累」は、「美」と「醜」をテーマにした壮絶な物語でした。恨みが恨みを呼ぶ、まさに復讐は新たな恨みをうむことになることを目の当たりにしました。しかし、最後に累と野菊は復讐心をようやく手放すことができたのでした。


その結末は賛否あるとは思いますが、とても考えさせられる内容で、感動的な結末だったと個人的には思います。その中でも、野菊は重要な役割を担ったキャラクターだったのではないでしょうか。

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